2011年を振り返る。

いよいよ今年も後1時間。
まだまだ仕事を続けております。明日、元旦のお客様を迎える準備中です。
さて、長ーーーーーーーーーーーーーーーい2011年がようやく終わります。
新たな年になれば何か変わるのかな、いい方に大きく変わってほしいなと思いながらの毎年恒例の「1年の振り返り」。

今年は例年になくのんびりしたお正月を迎えていました。
前年大晦日までのおせちの仕込でのバタバタは同じだったのですが、お正月三が日はご予約があまりなかったことも幸いし、のんびりゆったりすごせました。

いろいろありつつも、最後に「いやあ、いい1年だった」と振り返られる1年になってほしいな。
さまざまな人・出来事との出会いを楽しみにしつつ、日々過ごしていこうと思います。
と、お正月のブログに書いていたけれど、まさかこれほどまでに「いろいろあり」の1年になるとは想像だにしませんでした。
今年の初め、「蒸しがき」をおすすめメニューに出していました。
殻付のカキが養殖されていたのは、三陸の山田町。
メールマガジンで配信する際、使っている素材の水揚げ・養殖地を記載するのですが、当時は金華山沖の魚や山田町のカキなどが入ってきていて、地図で何度も場所を確認していました。
「どんなところで育ったカキなのかな。きっとすばらしく自然の豊かな場所なんだろうな」なんて思いながら、各町・地域を紹介するサイトを眺めたりして「矢祭よりも大きな町だな」なんて思ったりもしていました。

そして、地震。

「どんなとこかな」と想像をめぐらせていた場所を、まさかこんな形で見ることになるとは・・・と、テレビに釘付けになって眺めていました。
お店で使う魚介のふるさと、というつながりしかなかった場所ですが、「テレビの向こう側」とはどうしても考えられない、物凄い喪失感を感じました。

何をどうしていいのかさえわからない中、さかな家店主が1月に受験した「専門調理師」合格がわかった3月末。
娘がわがことのように(一部誤解もありましたが・苦笑)喜んでいる姿を見て、家族で一つのことを喜び合えることの幸せを改めて感じたことは、私の今年一年の大きな収穫といえると思います。

その後。
矢祭町の見た目は、全く以前と変わりません。
地震の被害・原発事故の影響、どちらも奇跡といっても良いほど他地域に比べ少なく、私たちはほとんどこれまでと変わらない生活を送ることが出来ています。
でも、何かが違う。
何が、といわれると難しいけれど、一ついえることはこれまで無意識的にやっていたごく当たり前のことに、心が一つ一つ反応しているような感じです。
被害の小さな地域の私たちでも変化を感じているのだから、被害の大きかった地域はなおさらだろうな、と今でもずっと思っています。
地震の後、また違った意味でも私の生活は大きく変わりました。
「何か出来ないか」「自分の好きなことで」と始まった、「ふくしま手ぬぐい」の製作・販売。
思いもかけないほど大きな反響をいただきました。
手ぬぐいの販売で集まった義援金は既に20万円を超え、半分ずつ2つの団体に送金させていただきました。
集まった義援金の額にも力づけられましたが、何よりご注文からのやり取りで伝わってくる、お買い上げくださった方々の温かい気持ちにたくさんの力をいただきました。
ありがとうございました。
そうそう、手ぬぐいがきっかけとなってテレビにも出演したのでした(笑)
また、後半は「民報サロン」の執筆も。
こちらも大きな反響をいただき、いろいろな方からお声掛けいただきました。
時には電話やお手紙も。このサロンがきっかけで、私も少し福島県に根を下ろせたのかなあとしみじみ嬉しく思っています。

さあ、後30分で今年も終わります。
いろいろな思いを胸に抱えながら、新年を迎えることになりそうです。
どうぞ、来年は良い年になりますように。
立ち止まったり、後ろ向きになっている人が、一歩でも前に進めるとしになりますように。
願ってやみません。

今年一年大変お世話になりました。
来年も変わらぬご愛顧、よろしくお願いいたします。

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